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『回送電車』を読んだ時に抱いた、自分の愛するものへ真っ直ぐに真摯に注がれる(でも押しつけがましくはない)情愛に対するささやかな感動と、そんな風に愛しく思えるものがいくつもあるということへの羨望に似た思いを、また味わうことになりました。

多分、私が本当に羨ましく感じているのは、他の誰とも強いて共有しようとしない、「自分だけの」好ましい対象が豊富にある、というそのことであるような気がします。もちろん、何かに対する愛情を誰かと分かち合えるということも、幸せであることに間違いはないのですが。

そしてはっとさせられたのは、自らが受け入れ難いと感じた事象に向けられる、決して感情露わに声を荒げたりしないからこそなおさら厳しく響く鋭い批判、だったのでした。叱責は穏やかであればあるほど心に突き刺さるものだ、ということをふと思い出したりもしつつ。

忘れ難いエピソードを書き留めておくならば……フランス語でペーパークリップはトロンボーンと呼ぶということ、どういうわけだかいずれ近い内に消えゆく風景に心惹かれてしまうということ、『いつか王子駅で』という題名の由来、などなど。
ロベール・クートラスという画家についての一節が何故か頭の隅に居座って消えず、手帳にその名を記しておいたならば、ほんの十日も経たない内に実際の作品を目にする機会に巡り合ってしまった、という顛末も、覚えておきたい偶然の悪戯。
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2011.01.19 Wed l エッセイ(日本) l コメント (0) トラックバック (0) l top

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