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私のおじいちゃん、という温かみのあるタイトルに、ものの見事に騙されました。たった数ページで、私はこの本を最後まで読み切ることはできないかもしれない、とさえ思ったくらい。それほどまでにこれは、凄惨で悲劇的で救いのない人生の記録です。

作者は、かのパブロ・ピカソの孫である女性です。私自身は、かの天才の作品を特別に好んでいるわけではないし、彼のひととなりについて知識も不足している代わりに先入観も抱いてはいません。類まれな才能を持つ人物というのは、一定の距離を置いて称賛を贈る人々にとっては崇拝に値する偉大なる存在であるけれども、家族のように血を分け生活を共にし、そのために強い影響力を受けざるをえない人々にとっては、ほとんど怪物のように恐ろしく、時には憎しみすら掻き立てる対象になりうるのだ……という月並みな印象を漠然と抱いている程度です。なので、一側面だけを見て多分に感情移入して読んではいけない、と頭の片隅で戒めていたつもりでした。にも関わらず、時に冷水を浴びせられたかのように、棍棒で殴りつけられてもしたかのように、否応なく衝撃を受ける場面が、次々にやってきます。例えば、「世の中には知らない方が良いことがある」と彼女が振り返る、祖父からもらったお菓子に関する回想。例えば、祖父と同じ名を持つが故に、自らの名前を名乗ることすら拒まれた兄のこと。

祖父はあらかじめ自分たちから奪われていた、と彼女は言います。ならば、逆説的ではあるけれども、彼女の祖父についても同じことが言えるのではないか、とも思うのです。彼からも、いわゆる「普通の家族の愛」とでもいうべきものが、あらかじめ奪われていたのではないのか? とてつもなく傲慢な言い方に聞こえることは承知の上で、敢えて言うなれば、この本を読んでいる間、私の頭の中で囁き続けていた言葉は「天は二物を与えない」という一言でした。その人の持っている「ひとつ」が、その他の人々には手に入れることの敵わないほどに傑出したものであればなおさら。

どれほどの苦しみを味わおうとも、彼女は「偉大なる祖父」から継いだ名前を捨ててはいないし、冒頭のポートレートに映るその目は、驚くほど彼に似ています。それは、逃れられない呪縛であるとともに、彼女が「生き残る」ことができたエネルギーの源でもあるのだと、酷く勝手な思い込みであってもそう信じたい、と思うのです。
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2009.09.05 Sat l 文学・本・言葉 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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