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一見すると何の変哲もない団体観光ツアー、けれども、予定された日程を終える頃には旅行客のひとりがどこへともなく姿を消している。そのために、参加者は「自分は何か大切なものを旅先に置いてきてしまった」という余韻を残したまま、帰途に着く……それが、1989年から三年間だけ企画された「迷子つきツアー」。この奇妙なツアーに、直接的に・間接的に関わることになった人々の物語。

鍵を握る「1989年のツアー」の行き先が香港だった、というのは、旅の放つ熱気と毒気の双方を併せ持つ場所だったから、でしょうか。団体ツアーは元々、ビールの代価になり得る娯楽を与えんがために生み出されたものだった、という序文がとても印象的で、ならば旅行とはそもそもが嗜好品であり、一度旅に出るともう一度、さらにもう一度、と駆り立てられる説明も付く、と思うのです。

自分の(ものであるはずの)過去について書かれた記録を読む、あるいは話して聞かされる、という場面が繰り返し登場するのですが、その行為には一種の危うさが伴っているような気がして仕方がありません。過去は「かつての現実」ではあるけれども、時間というフィルターがかかることによってそれは既にある程度フィクションになってしまっているように思えるのです。それが輝かしいものであれ、悲惨なものであれ。
物語の終盤で明かされる真実は、過去が独り歩きしてファンタジーと化してしまったが故の産物でした。最早自分の所有物であってそうではない、そのファンタジーに塗り込められてしまった「本物の過去」は、一体どこへ行ってしまったのか、奪い返すことはできるのか。いや、手に入れたことのないものは取り戻すことなんて出来ないんだよ、と何気なく呟いてみて、いささかほろ苦い思いを味わったのでした。

この方の小説は、ぜひ他の作品も読んでみたいと思います。この本が初めまして、だったのですが、結構好みでしたので。
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2009.08.15 Sat l 日本小説(未分類) l コメント (0) トラックバック (0) l top

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