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切れかけた蛍光灯に「そろそろ……」と別れの挨拶をされたり、だんご三兄弟の歌詞に深く感動したり、マーガレットの蕾が開く「かさ」という音に耳を澄ませたりする、そんな日々のエッセイ集です。

肩の力が抜け切っているようにも、五感が「ぴん」と張り詰め切っているようにも、どちらにも思えるのですが、でも基本的には「ゆるゆる」と流れる日々の記録を読んでいると、だんだんとこの「ゆるゆる」感に浸食されてくるというか呑み込まれるというか、喩えて言うならば本文中に出てくる丁寧に着古された服に包まれているような、そんな気分になってくるのです。
友人たちのエピソードも一風変わっていて、例えば春だから河童と目が合ってしまったり、新緑の季節だから眩暈を誘うような電話がかかってきたり。現と幻の合間をふわふわと行ったりきたりするようなこの感覚は、馴染んでくると癖になります。こんな毎日が、今日もどこかで送られているのだと思うと、少々羨望の念を抱かないでもありません。

そして、人の顔が覚えられない、ということについての考察を、同じ欠陥を抱えた私は、それはそれは熱心に読んだのです。「大好きだから見られない=覚えられない」という結論を受けて、ならば己の場合はどうなのか? と考えたところ、ほぼ真逆の答えが導き出されてしまって、いささか途方に暮れた……というのは、また別の話。

「ゆすらうめ」という一文が、とても好きです。実のなる木が生い茂る庭の風景を想像していると、見たこともないのにうっとりするのでした。そして、雑誌「日曜研究家」は、一度ぜひ実物を見てみたいものです。
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2009.04.22 Wed l エッセイ(日本) l コメント (0) トラックバック (0) l top

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